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大阪地方裁判所 昭和48年(行ウ)63号 判決 1977年2月25日

原告 日乃出電工株式会社

被告 北税務署長

訴訟代理人 宝金敏明 西田春夫 ほか八名

主文

一  被告が原告に対し、昭和四七年五月三一日付でした、

1  原告の昭和四四年三月分の源泉徴収にかかる所得税の税額を金五九〇、〇〇〇円とする源泉徴収納税義務告知処分(国税不服審判所長の同四八年五月一〇日付裁決で一部取消された後のもの)、

2  同四五年四月分の源泉徴収にかかる所得税の税額を金四八、四〇〇円とする源泉徴収納税義務告知処分、

3  同四六年五月分の源泉徴収にかかる所得税の税額を金一二四、九〇〇円とする源泉徴収納税義務告知処分、

4  同四六年一一月分の源泉徴収にかかる所得税の税額を金六一、九〇〇円とする源泉徴収納税義務告知処分、

5  右1ないし4の所得税額に対応する不納付加算税の賦課決定処分(1に対応するものは国税不服審判所長の裁決により一部取消された後のもの)はいずれもこれを取消す。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事  実 <省略>

理由

一  請求原因第1項の事実、および原告が就業規則ならびに退職金規定に基づいて、勤続満一〇年の定年に達した別紙第一目録A欄記載の者に対し、B欄記載の年月日にC欄記載の金額を退職金という名目で支給した事実は当事者間に争いがない。

二  本件の争点は、要するに右の各金員が所得税法上の退職所得に該当するものであるか否かであり、被告は、原告の勤続満一〇年定年制が雇傭契約の一応の継続期間を示したものに過ぎず、一〇年後も引き続き勤務を続ける従業員が殆んどであるから、右期間経過毎に支給される「退職金」なる金員は所得税法上退職所得とは認められない旨主張するので、まず原告の右定年制について検討する。

1  <証拠省略>および弁論の全趣旨を総合すると次の事実が認められる。

原告は従来従業員の満五五才定年制を実施しており、定年時に支給する退職金を退職時の基本給に勤続年数を乗じた額としていたが、勤続年数が一〇年を越えた場合は一率一〇年分として計算されることになつていたため、従業員の間でかねてから不満が多く、退職金規程を改正して勤続年数に応じた退職金の支給を要求する声が高まつていた。ところが原告は昭和四〇年ころから経営が行き詰まり、多額の負債をかかえて同年九月会社更生法の適用を申請するに至り、同年一一月山積革造が管財人となつて更生計画をたて、これが認可されて後、同人が代表取締役社長に就任し、会社再建を進めることになつた。このような状況の下で、従業員側は、山積革造との話し合いの中で、前記の要望通りに退職金規定が改正されても会社がいつ倒産するかわからない状況ではそれは画餅に等しいものであり、それよりもむしろ勤続満一〇年で定年とし、その時点で退職金を支給してもらい、その後引き続き勤務する場合は再雇傭という形にして欲しい旨の要望をなすに至つた。他方会社側も右の勤続一〇年定年制を実施すれば、高令者に対する多額の給与負担を免れることになるうえ、さほど熟練を要しない職種であるから永年勤続者が退職しても会社運営に支障を来すおそれも少なく、さらに原告のような中小企業では満五五才の定年まで働いてもらうよりも四〇才前後で独立させてやるように指導していく方が本人のためにも良く、その意味で一つの区切りとして、また一つの目標として、一〇年定年制を実施する方が望ましいとの判断に到達した。かくして労使双方の意向が合致したので、勤続満一〇年定年制を実施することとなり、まず昭和四三年一〇月二一日実施の退職金規程上にこれが盛りこまれ、ついで同四五年一一月一六日就業規則が改正され、その二八条で「従業員の停年は満五五才とする。又は勤続満一〇年に達したもの。ただし停年に達した者でも業務上の必要がある場合、会社は本人の能力、成績、および健康状態などを勘案して選考のうえ、あらたに採用することがある。」と規定されるに至つた。そして右退職金規程により勤続満一〇年に達した別紙第二目録A欄記載の者に対し、順次B欄記載の日時に退職金を支給した。そしてそのうち岡崎美代子、中島登は右支給後ほどなく退職したが、その余の従業員は原告に引き続き勤務し、これらの者の役職、給与、有給休暇の算定等には変化がなく、また社会保険の切りかえもなされなかつたが、右の者のうちその後に退職した広戸敬一、高塚良彦、堀口幸義、武智文夫、金山誠吾についての新たな退職金の算定には、前記一〇年間の勤続年数は加味されていなかつた。

2  ところで所得税法は三〇条一項で、「退職所得とは、退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与及びこれらの性質を有する給与に係る所得をいう。」と規定し、給与所得の金額がその年中の給与等の収入金額から給与所得控除額を控除した残額とされている(同法二八条二項)のに対し、退職所得の金額はその年中の退職手当等の収入金額から退職所得控除額を控除した残額の二分の一に相当する金額とされており(同法三〇条二項)、右の退職所得控除額は勤務年数に応じて逓増する(同条三項)とともに、退職所得は総所得金額とは分離して課税される(同法二二条一項)。

このように退職所得を給与所得と区別して特に優遇する措置が認められているのは、退職手当が、通常退職の時に一時に支給されるものであり、その支給内容も通常在職年数に比例し、かつこれが失業手当ないし退職後の生活資金および在職期間の勤務に対する謝礼金的性質とともにその間の労働力提供の対価としての給与の一部後払い的性質を有するものであることから、このような退職時に一時に実現した長期間の累積所得たる退職所得に対して累進税率を適用し、あるいは他の年間所得と総合して累進税率を適用することは、一般の給与として支給した場合に比して重い課税をすることになり、課税負担の公平を害するだけでなく、退職者の退職後の生活のための資金を圧迫することにもなり、社会政策的に妥当でないからである。

従つて使用者から被傭者に対して支給された金員が所得税法上の退職手当(退職金)に該当するためには、原則としてそれが被傭者の退職、すなわち雇傭契約の終了に伴い、退職者に支給されるものであることを要する。しかしこの場合、被傭者が常に事業主体から完全に離脱しこれと絶縁することを要するものと解すべきではなく、例えば被傭者が一且退職金名義の金員の支給をうけたのち引続き雇傭関係を継続している場合であつても、当該退職金が支給されるに至つた経緯など特段の事情があるときは、前記退職所得の制度趣旨に照しこれを税法上の退職所得と認めるべき場合が存するのであつて、現に所得税基本通達(昭和四五年七月一日直審(所)三〇)三〇-二によれば、いわゆる定年に達した後引き続き勤務する使用人に対し、その定年に達する前の勤続期間にかかる退職手当として支払われる給与で、その給与が支払われた後に支払われる退職手当の計算上その給与の計算の基礎となつた勤続期間を一切加味しない条件の下に支払われるものもまた退職手当として取り扱うことになつているのである。

3  これを本件についてみると、前記認定のように、原告の勤続満一〇年定年制は、一般にみられる定年制と比較して特異なものであり、また一〇年に達したとして退職金の支給を受けた従業員の大半が改めて明示の雇傭契約を締結することなく引き続き原告に勤務しており給与、役職等について何らの変化もない。しかしながら他方、右の定年制が就業規則に明記されている以上、従業員には一〇年に達した後引き続き雇傭されることを会社に要求する当然の権利はなく、再雇傭については原則として会社に選択権があるといわざるをえない。もつとも前記のように定年者の大半が引き続き原告に勤務しているが、これは<証拠省略>によれば、労働市場において退職者にかわるべき若い労働力を確保できなかつたことと、会社の主力となつて働くべき者が多く含まれていたことによるものであることが認められ、新たに明示の雇傭契約を結んでいない点についても、会社と被傭者間に黙示の再雇傭契約が締結されたものと解することができ、更に勤務条件等が変化していないことについても、<証拠省略>によれば、一〇年定年制採用当初の事務的な不慣れが原因であつたものであり、現在では明確に区切りをつけていることが認められる。これらの点、そして特に原告の定年制が、租税回避の目的で設定されたものではなく、前記認定のように原告の倒産状態からの再建過程にあつて労使双方の一致した意見により採用されたという特殊事情を総合すると、原告の従業員の勤続満一〇年定年制に基く退職は、その後の再雇傭の如何にかかわらず社会一般通念上も退職の性格を有するものと認めるのが相当である。そして、原告が別紙第一目録A欄記載の者に支給した「退職金」は、まさに右の満一〇年の定年に達した者に支給されたものであること、また、引き続き再雇傭された右の者のうち、その後実際に退職するに至つた者に対する新たな退職金の計算については、再雇傭前の一〇年の勤続期間が一切加味されていないこと、および前記の所得税法上の退職所得の制度趣旨、前記通達に鑑みると、本件「退職金」は、所得税法上給与所得とすべきものではなく、退職所得に該当するものと認むべきである。

三  結論

以上の次第で、原告が別紙第一目録A欄記載の者に対して支給した金員を給与所得であるとしてなされた被告の本件各処分は、結局すべて違法なものといわざるをえず、これの取消しを求める原告の請求はいずれも理由がある。よつて原告の請求を認容することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 奥村正策 寺崎次郎 山崎恒)

第一目録<省略>

第二目録<省略>

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